新海誠
田舎の少女三葉(上白石萌音)と東京少年瀧(神木隆之介)の体が入れ換わった。 その冒険を生き生きと描いた話は、三葉の村に相次ぐ災難を広げて見せて一層大きく感動的な雰囲気で流れる。 10代の少年・少女特有の弱い感受性から繊細な絵柄、爽快な冒険、2011年の東日本大震災を経験した現代の日本人を励ます結末。
「君の名は。」(1月4日公開)には、日本の独立アニメ界の代表人物として選ばれてきた新海誠(43)監督固有の色と変化が美しく溶け込んでいる。 この作品が日本の劇場街で観客1600万人余りを動員した底力は何だろうか。 最近、韓国封切りを迎え、ソウルを訪れた新海監督に会ってその気がかりなことが解けた。 どんな質問にも落ち着いた口調で思慮深く率直な話を聞かせてくれた。 「君の名は。」は、新海監督のもう一つの始まりに過ぎない。
Q 三葉と瀧の身体が入れ換わる設定から始まりますよね。
「男女の身体が入れ換わる話は以前からあった。性別が入れ換わった人物が社会的男性性と、女性性の基準を超えた姿がどれだけ滑稽なのかを照らすことに重点を置いたものがほとんどであった。「君の名は。」では反対の話をしたかった。三葉と瀧は性別が入れ換わったときに、より魅力的な人物になる。男性性と女性性が入り乱れても全くおかしくないことを見せたかった。」
Q あなたはいわゆる男性性、女性性がどのような割合で混ざった人なのですか。
「私は非常に頑固な父の下で育った。「男は男らしくすべき」ということを強調する方だった。私はアニメーションを作ることになったのは、それに対する反発心もある(笑)。」
Q 二人の主人公はお互いに対する記憶がどんどん不明瞭になると、それを防ぐためにお互いの名前と存在を記憶しようと色々な努力をする。その姿がとても感動的である。
「小野小町の和歌(日本固有の詩)の中に「あの人のことを思いながら眠りについたから夢に出てきたのであろうか。夢と知っていたなら目を覚まさなかったものを」という一節がある。それを読んで、この作品に「夢」に関する設定を配置する必要があると考えた。夢を見る時や睡眠からまさに目を覚ましたときは、夢の中のことが非常に鮮明なのに、後で具体的に記憶しようとすると思い出せない時が多くないか。そのように三葉と瀧は、お互いの記憶を徐々に失っていく。そのような点で、「君の名は。」は、私たちが忘れていくものの話ということができる。社会全体が悲しんだ災難・災害も、私たちは、時折、その記憶をすぐに忘れてしまうから。」
Q 「雲の向こう、約束の場所」(2004)「秒速5センチメートル」(2007)などでもそれぞれ離れて存在する二人の人物が運命の作用の末にかすめるように縁を結ぶ話をしてきました。
「私は実際に人と人が出会うために、特別な理由があるとは思わない。それは運命というよりも、偶然と偶然が重なった結果ではないか。それでも私たちは、私がこの人と出会ったことが、大切な縁であり、理由があると考える。まさにそのような瞬間に人々は物語を作り出す。それは、自分の人生を理解しようとする苦闘のようなものである。この映画も同じだ。他の見方をすれば、結末で三葉と瀧が出会う理由を一本のアニメーションとして作られたということができる(笑)。」
Q このように運命的な作品を作った監督が「運命を信じない」と言うなんて、人々が失望するように見えます(笑)。
「他のインタビューでは、「運命の相手がいるということを言うためにこの作品を作った」と話した(笑)。」
Q 短編「ほしのこえ」(2002)からずっと10代の主人公の心理を生き生きと描写する作品を作ってきた。年を取っても思春期の頃の感受性を維持する秘訣があれば。
「年を取って、私は良い意味でも悪い意味でも感情が鈍くなっている。嬉しいことがあっても以前のように走るように嬉しくなく、反対の場合も傷を少なく受ける。しかし、作品を作る時だけは中・高校時代の私に戻ってみようとする。
その時、私は多くのものが眩しく感じられ、新鮮だった。他の人の一言一言が謎に満ちているようだった。その頃に好きだった女の子は非常に神秘的な存在であった。その記憶を一つ一つ手探りでアニメーションを作る。時々その頃に書いた日記を探してみることもある。私の作品はすべてその時の私に向かっている。」
Q 前作では、運命的な縁の中でも終に叶うことのない人物の孤独と寂しさに焦点を当てた。「君の名は。」の結末は違う。
「日本でも、この映画を見て「新海監督がまさかハッピーエンドを作ったのか?」と反応した観客が多かった(笑)。日本社会と私自身が変わった結果であるようだ。2011年の東日本大震災が起こる前には、日本人のほとんどは、「東京はこのまま変わらず維持されるものであり、私の人生もまた、何のこともなく継続されるだろう」と考えた。その時期に私はそれとは逆に、何か意のままにならず、すれ違うことから人生の意味を探そうとした。
東日本大震災以降、今の日本人は「私が住んでいるこの場所が明日すぐなくなることもあり、この人生いつ終わるかもしれない」という無意識を共有している。このような時代を生きていく日本人に必要なのは「あきらめずにただ一つの命でも取り戻し掴まなければならない」と訴える話ではないかと思った。」
Q 最近数年の間に数多くの惨事と事件・事故を経験した韓国人にも必要なことだ。
「"君の名は。"のシナリオを書いた時が2014年である。その時、日本でもセウォル号の惨事のニュースを連日伝えた。その中で最も驚いたのは、船が沈む瞬間にも、その中にいる学生に「その場にそのままいなさい」と案内放送した事実である。本当に衝撃的だった。その時感じたものも、この作品にある程度溶けこんでいる。」
Q 数年前までは、独立アニメーションを作っていた。「君の名は。」が立てた「1600万人の観客」という興行記録があなたに残したことがあれば。
「自信を得た。誇張して言えば、私はこの社会そしてこの世界と一体になる気持ちを初めて感じた。"私が作ったアニメが、この社会にどのような影響を与える可能性があるんだ。私は今までアニメーションを作ったのが意味のあることだったのだ"という。
また、日本のアニメ業界と映画界にも自信を呼び起こしたようだ。今まで日本の劇場街でこの程度の興行は、宮崎駿監督のような特別な存在、ウォルト・ディズニー・カンパニーのような特別なブランドの作品でなければ不可能だと考えていた。ところが、「君の名は。」の興行を見ながら、日本の多くのアニメーター・映画人が「私もできる」という自信と可能性を得たようだ。その点は本当に嬉しい。一日も早くこの記録を超える他の作品を見てみたい。」
http://news.joins.com/article/21137557
「君の名は。」(1月4日公開)には、日本の独立アニメ界の代表人物として選ばれてきた新海誠(43)監督固有の色と変化が美しく溶け込んでいる。 この作品が日本の劇場街で観客1600万人余りを動員した底力は何だろうか。 最近、韓国封切りを迎え、ソウルを訪れた新海監督に会ってその気がかりなことが解けた。 どんな質問にも落ち着いた口調で思慮深く率直な話を聞かせてくれた。 「君の名は。」は、新海監督のもう一つの始まりに過ぎない。
Q 三葉と瀧の身体が入れ換わる設定から始まりますよね。
「男女の身体が入れ換わる話は以前からあった。性別が入れ換わった人物が社会的男性性と、女性性の基準を超えた姿がどれだけ滑稽なのかを照らすことに重点を置いたものがほとんどであった。「君の名は。」では反対の話をしたかった。三葉と瀧は性別が入れ換わったときに、より魅力的な人物になる。男性性と女性性が入り乱れても全くおかしくないことを見せたかった。」
Q あなたはいわゆる男性性、女性性がどのような割合で混ざった人なのですか。
「私は非常に頑固な父の下で育った。「男は男らしくすべき」ということを強調する方だった。私はアニメーションを作ることになったのは、それに対する反発心もある(笑)。」
Q 二人の主人公はお互いに対する記憶がどんどん不明瞭になると、それを防ぐためにお互いの名前と存在を記憶しようと色々な努力をする。その姿がとても感動的である。
「小野小町の和歌(日本固有の詩)の中に「あの人のことを思いながら眠りについたから夢に出てきたのであろうか。夢と知っていたなら目を覚まさなかったものを」という一節がある。それを読んで、この作品に「夢」に関する設定を配置する必要があると考えた。夢を見る時や睡眠からまさに目を覚ましたときは、夢の中のことが非常に鮮明なのに、後で具体的に記憶しようとすると思い出せない時が多くないか。そのように三葉と瀧は、お互いの記憶を徐々に失っていく。そのような点で、「君の名は。」は、私たちが忘れていくものの話ということができる。社会全体が悲しんだ災難・災害も、私たちは、時折、その記憶をすぐに忘れてしまうから。」
Q 「雲の向こう、約束の場所」(2004)「秒速5センチメートル」(2007)などでもそれぞれ離れて存在する二人の人物が運命の作用の末にかすめるように縁を結ぶ話をしてきました。
「私は実際に人と人が出会うために、特別な理由があるとは思わない。それは運命というよりも、偶然と偶然が重なった結果ではないか。それでも私たちは、私がこの人と出会ったことが、大切な縁であり、理由があると考える。まさにそのような瞬間に人々は物語を作り出す。それは、自分の人生を理解しようとする苦闘のようなものである。この映画も同じだ。他の見方をすれば、結末で三葉と瀧が出会う理由を一本のアニメーションとして作られたということができる(笑)。」
Q このように運命的な作品を作った監督が「運命を信じない」と言うなんて、人々が失望するように見えます(笑)。
「他のインタビューでは、「運命の相手がいるということを言うためにこの作品を作った」と話した(笑)。」
Q 短編「ほしのこえ」(2002)からずっと10代の主人公の心理を生き生きと描写する作品を作ってきた。年を取っても思春期の頃の感受性を維持する秘訣があれば。
「年を取って、私は良い意味でも悪い意味でも感情が鈍くなっている。嬉しいことがあっても以前のように走るように嬉しくなく、反対の場合も傷を少なく受ける。しかし、作品を作る時だけは中・高校時代の私に戻ってみようとする。
その時、私は多くのものが眩しく感じられ、新鮮だった。他の人の一言一言が謎に満ちているようだった。その頃に好きだった女の子は非常に神秘的な存在であった。その記憶を一つ一つ手探りでアニメーションを作る。時々その頃に書いた日記を探してみることもある。私の作品はすべてその時の私に向かっている。」
Q 前作では、運命的な縁の中でも終に叶うことのない人物の孤独と寂しさに焦点を当てた。「君の名は。」の結末は違う。
「日本でも、この映画を見て「新海監督がまさかハッピーエンドを作ったのか?」と反応した観客が多かった(笑)。日本社会と私自身が変わった結果であるようだ。2011年の東日本大震災が起こる前には、日本人のほとんどは、「東京はこのまま変わらず維持されるものであり、私の人生もまた、何のこともなく継続されるだろう」と考えた。その時期に私はそれとは逆に、何か意のままにならず、すれ違うことから人生の意味を探そうとした。
東日本大震災以降、今の日本人は「私が住んでいるこの場所が明日すぐなくなることもあり、この人生いつ終わるかもしれない」という無意識を共有している。このような時代を生きていく日本人に必要なのは「あきらめずにただ一つの命でも取り戻し掴まなければならない」と訴える話ではないかと思った。」
Q 最近数年の間に数多くの惨事と事件・事故を経験した韓国人にも必要なことだ。
「"君の名は。"のシナリオを書いた時が2014年である。その時、日本でもセウォル号の惨事のニュースを連日伝えた。その中で最も驚いたのは、船が沈む瞬間にも、その中にいる学生に「その場にそのままいなさい」と案内放送した事実である。本当に衝撃的だった。その時感じたものも、この作品にある程度溶けこんでいる。」
Q 数年前までは、独立アニメーションを作っていた。「君の名は。」が立てた「1600万人の観客」という興行記録があなたに残したことがあれば。
「自信を得た。誇張して言えば、私はこの社会そしてこの世界と一体になる気持ちを初めて感じた。"私が作ったアニメが、この社会にどのような影響を与える可能性があるんだ。私は今までアニメーションを作ったのが意味のあることだったのだ"という。
また、日本のアニメ業界と映画界にも自信を呼び起こしたようだ。今まで日本の劇場街でこの程度の興行は、宮崎駿監督のような特別な存在、ウォルト・ディズニー・カンパニーのような特別なブランドの作品でなければ不可能だと考えていた。ところが、「君の名は。」の興行を見ながら、日本の多くのアニメーター・映画人が「私もできる」という自信と可能性を得たようだ。その点は本当に嬉しい。一日も早くこの記録を超える他の作品を見てみたい。」
http://news.joins.com/article/21137557
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